スタッフ紹介 ちえ『アメリカでの子育てから』
光JSみらいのスタッフのちえです。
さちこさんとは高校時代の同級生です。
コロナが始まるまで3年間ニューヨークのクイーンズにいて、子育てをしていました。
日本の外国ルーツの子どもたちの話を聞くときは、いつも我が子がアメリカで現地校に入った頃(渡航二日後に入学しました)を思い出します。
6歳の長女は、保育園を卒園したばかり。
日本で英語の塾に通ってはいたものの、アメリカの学校生活で使う語彙や表現とは全然違って、役に立たなかったと後々言っていました。
クイーンズは、ニューヨークの中でも特にアメリカ国外の出身者が多いエリアで、移民の生徒、もしくは親が移民という生徒がたくさんいました。
長女は全く英語が話せなかったので、学校側の配慮でアメリカ生まれの日本人の子と同じクラスにしてもらいました。
それでも何を言われているかわからない、言いたいことが伝わらない、というストレスは非常なものでした。
学校に行く日の朝、家の玄関まで行っても、登校したくなくて靴を投げ捨てて隠れたり、学校から「日本語で泣き叫んでいるけれど、なんて言っているのか」と電話がかかってきたりしました。
電話をかわってもらうと、「帰りたいから今すぐ迎えに来て」と泣いていました。
当時は家でも「どうして私をアメリカに連れてきたの」と泣いていて、親として胸が痛くなりました。
ENL(English as a New Language)という英語が母語でない子どもたちのための取り出し授業が充実している学校で、アセスメントで必要なコマ数が決められ、最初は一週間に9時間程度、少人数の取り出し授業を受けていました。
取り出し授業で、英語の読みと発音の基本となるフォニックスをみっちり教わり、子どもの英語力レベルに合わせた本が学校から貸し出され、その音読が毎日の宿題でした。
日本語の読み書きができたので、英語の本にも興味をもち、バイリンガルの家庭教師に毎週1時間、英語の本を音読してもらいました。
現地のKUMON教室の英語の教材は、大量の宿題を大変がってはいましたが、レベルに合わせたスモールステップで力がつきました。
近所に年の近い子どもたちがいて、ほとんど毎日放課後遊んでいて、遊びを通して英語を覚えていけたのがよかったと思います。
毎週土曜日に通う日本語の補習校では、日本語で授業が受けられて日本語が話せるので、自分の言いたいことが表現できる癒やしの場所でした。
我が子の場合は、手厚い学校からのサポートや日本語を話す同級生の助け、学校外での有料サービス(家庭教師とKUMON)、子ども同士で英語で遊ぶことが英語力を付ける上で有効だったと思います。
3年目には取り出し授業の必要がなくなりましたが、上記のことと合わせて、もとから日本語でレディネスができていたことも大きかったと思います。
4歳で渡米した次女は、英会話は担任の先生と口げんかするほどになりましたが、日本語での読み書きができなかった分、英語の読み書きは最後まで苦労しました。
日本に来た、日本語が母語でない子どもたちが、日本語を身につけられるかどうかは、本人の努力次第というより、どんな環境におかれるかが非常に重要だと思います。
私の友人は小学生時代、アメリカのある州の現地校に1年いましたが、学校では英語が母語でない子どもへのサポートがほとんどなく、わからない授業の間はお絵かきするように言われていて、英語が身につかなかったと言っていました。
言葉ができると学校生活や友達との交流がぐんと楽しくなりますし、自分がどんな人間なのか表現でき、新しい知識がどんどん入ってきます。
みらいっこたちの通う学校環境は変えられないけれど、週一回、子どものレベルに合わせたオンライン授業をすることで、得意なこと、自信を持てることを増やすことができます。
私は毎月のみらいっこの学習記録のとりまとめの業務をしています。
「今日の授業でこんなことができるようになったんだ!」「○○さんは、こういう話題に興味があるんだ」と、成長を見守れることが喜びです。
是非皆さんにも一緒にチームとして、子どもたちの成長を応援していだけると嬉しいです!